ムンクの叫び本物はどこ?世界に4枚ある理由と盗難の真相を追う
美術の教科書やパロディ作品でおなじみの名画『叫び』。誰もが一度は目にしたことのあるこの世界的傑作について、「本物は世界にたった1枚しかない油絵」だと思い込んでいる人は少なくありません。しかし、表現主義の巨匠エドヴァルド・ムンクが遺した『叫び』の本物は、技法や制作年代が異なる形で世界に4枚(版画を除いた主要作)存在します。
さらに、作中の人物は「自ら叫んでいる」のではないという衝撃の事実や、白昼堂々わずか数十秒で盗み出された戦慄の盗難事件、サザビーズで記録された天文学的な落札額など、知られざるドラマが数多く秘められています。本稿では、オスロ国立美術館やムンク美術館をはじめとする現在の所蔵場所から、作品に込められた深層心理、日本への来日履歴まで、2026年の最新知見をもとに徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ムンクの叫び」の本物は全4枚存在し、ノルウェー・オスロの2大美術館と海外の個人コレクションに分散して保管されている。
- 要点2:描かれた人物は叫んでいるのではなく「自然を貫く巨大な叫び」に耐えかねて耳を塞いでおり、実体験に基づくパニック発作の描写である。
- 要点3:過去に2度の深刻な盗難事件を経験しており、現在は厳重な温湿度・セキュリティ管理のもとで限定公開されている。
【本物はどこにある?】4枚の『叫び』の所蔵先とバージョンの違い
エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)は、同じモチーフを異なる画材や色彩で繰り返し探求する画家でした。『叫び(ノルウェー語: Skrik / 英: The Scream)』も例外ではなく、1893年から1910年の間に4つのオリジナル作品(テンペラ画、パステル画、クレヨン画など)と、白黒のリトグラフ(版画)多数が制作されました。
旅行や美術鑑賞で「本物」を観に行きたい場合、どのバージョンがどこにあるのかを把握しておく必要があります。4作品の所在と仕様の違いは以下の通りです。
| バージョン・制作年 | 技法・支持体 | 現在の所蔵場所 | 特徴・評価 |
|---|---|---|---|
| 1893年版(初作) | テンペラ・油彩・パステル(厚紙) | オスロ国立美術館(ノルウェー) | 最も著名で教科書等に掲載される代表作。左上に謎の落書きがある。 |
| 1893年版(習作) | パステル・クレヨン(厚紙) | ムンク美術館(ノルウェー・オスロ) | 最も初期の構想スケッチとされる淡いタッチの作品。 |
| 1895年版 | パステル(厚紙) | 個人蔵(アメリカ・富豪コレクション) | 4枚中唯一の個人所有。2012年サザビーズにて歴史的高額落札。 |
| 1910年頃版 | テンペラ・油彩(厚紙) | ムンク美術館(ノルウェー・オスロ) | 人物の目が白抜きで不気味さが増した晩年版。2004年に強奪被害。 |
一般的にメディアで紹介される「赤と青のうねる空の下に立つ人物」のオリジナルは、オスロ国立美術館に展示されている1893年のテンペラ・油彩画です。一方、オスロのウォーターフロントに位置する新「ムンク美術館(MUNCH)」には、1893年パステル版と1910年テンペラ版、そしてリトグラフ版が収蔵されています。

【誤解を解く】叫んでいるのは人物ではない?耳を塞ぐ理由と心理分析
多くの人が「中央の奇妙な人物が絶叫している場面」と認識していますが、美術史における定説およびムンク自身の手記はまったく異なる真相を語っています。
ムンクは1892年1月22日、フランスのニース滞在中に執筆した日記に、この絵を着想した決定的瞬間を次のように書き残しています。
「二人の友人と道を歩いていた。太陽が沈み、空が突然、血のように赤く染まった。私は言いようのない疲労感を覚えて立ち止まり、手すりにもたれかかった。青黒いフィヨルドと街の上に、炎の舌と血が広がっていた。友人たちは歩き続けたが、私は不安に震えながら立ち尽くしていた――そのとき、自然を貫く果てしない叫びを聞いたのだ」
つまり、描かれている人物は自ら叫んでいるのではなく、「自然界から鳴り響く恐怖の叫び」に圧倒され、耐えきれずに耳を塞いでいるのです。うねるフィヨルドの風景や血のような夕焼け空そのものが「叫びの波動」を視覚化したものであり、人物はその狂気に飲み込まれそうになりながら自己を保とうとしています。
共感覚とパニック発作|臨床心理の視点から見る絵画の構造
心理学・精神医学の観点から本作を分析すると、ムンクが体験したのは重度のパニック発作および離人症(自己や外界が非現実的に感じられる状態)に近い現象だと考えられています。さらに、視覚的な刺激(夕焼けの赤)が聴覚的な刺激(叫び声)として知覚される「共感覚(シナスタジア)」の働きも見逃せません。
家族の相次ぐ結核死(母と最愛の姉ソフィー)や、厳格な父による宗教的トラウマ、妹の精神疾患など、ムンクの生涯は常に死と病の影に脅かされていました。自我と外界の「心理的バウンダリー(境界線)」が崩壊した瞬間の内面描写こそが、この絵が時代や文化を超えて人々の不安を刺激する本質的な理由です。
左上の落書き「狂人にしか描けない」の主は誰だったのか
オスロ国立美術館所蔵の1893年版の左上には、肉眼では見落としそうなほど小さな鉛筆の文字で「Kan kun være malet af en gal Mand!(狂人にしか描けない!)」と記されています。長年「鑑賞者による悪質な落書き」だと推測されていましたが、2021年に同美術館が赤外線スキャンと筆跡鑑定を実施した結果、ムンク本人が自ら書き込んだ筆跡であると公式に断定されました。
1895年に作品を発表した際、美術批評家や医学生から「ムンクの精神状態は異常であり、即刻精神病院に入るべきだ」と猛烈な批判を浴びたムンクが、激しい傷心と皮肉を込めて後から書き足したものと見られています。
【白昼の凶行】世界を震撼させた2つの盗難事件と奇跡の奪還劇
ムンクの『叫び』は、その知名度と換金価値の高さゆえに、過去2度にわたって国際的な盗難事件の標的となっています。いずれの事件も映画さながらの驚くべき手口で行われました。
1. 1994年 オスロ国立美術館事件|わずか50秒の電撃作戦
1994年2月12日、ノルウェー全土がリレハンメル冬季オリンピックの開会式に沸き返っていたその日、オスロ国立美術館に2人組の男が梯子を使って侵入しました。窓ガラスを割り、ワイヤーを切断して1893年版『叫び』を強奪。犯行にかかった時間はわずか50秒でした。
犯人は現場に「ずさんな警備に感謝する(Thanks for the poor security)」と書かれた絵葉書を残していくという大胆さを見せました。その後、100万ドルの身代金要求などを経て、イギリスのロンドン警視庁(スコットランドヤード)の潜入捜査官が買い手を装う巧妙なおとり捜査を展開。事件発生から約3カ月後の5月に無事保護されました。
2. 2004年 ムンク美術館強奪事件|白昼の銃撃と損傷の爪痕
さらに凶悪だったのが、2004年8月22日に発生したムンク美術館での事件です。開館中の白昼、覆面をかぶった武装強盗団が銃を構えて押し入り、大勢の来館者と警備員を床に伏せさせました。強盗団は壁から1910年版『叫び』ともうひとつの名作『マドンナ』を力任せに剥ぎ取り、待機していた車で逃走しました。
作品は2年間行方不明となり、一時は「証拠隠滅のために燃やされたのではないか」と絶望視されましたが、2006年8月にノルウェー警察が奇跡的に押収・奪還に成功しました。しかし、作品の角には湿気によるシミや摩擦による不可逆的な擦り傷が残ってしまい、修復チームによる懸命な保存処置が行われたものの、完全には元の状態に戻りませんでした。

【来日履歴と現在の価値】日本展示の実績とサザビーズの天文学的相場
日本国内で『叫び』の本物を鑑賞する機会はあるのか、そして万が一市場に出た場合の金銭的価値はどれほどなのか。アート市場と展覧会の記録を検証します。
日本での展示履歴|2018年東京都美術館の大熱狂
日本国内で『叫び』の油彩・テンペラ画が公開されたのは、2018年10月〜2019年1月に東京都美術館で開催された「ムンク展―共鳴する魂の叫び」が歴史的な節目となりました。この展覧会では、ムンク美術館が所蔵する1910年版のテンペラ・油彩画が初来日を果たし、会期中に約67万人の観客が詰めかける大ヒットを記録しました。
それ以前にも、リトグラフ(版画)版の『叫び』は幾度か日本へ巡回していますが、テンペラ画の本物が日本で公開されたのはこの2018年展が極めて稀有な例です。作品の脆弱性と保険評価額の跳ね上がりにより、今後日本へ本物が再来日するハードルは年々高くなっています。
個人蔵パステル版の落札額と2026年現在の推定資産価値
4枚のうち唯一民間コレクターの手に渡っている1895年パステル版は、2012年5月2日にニューヨークのサザビーズオークションに出品されました。
ノルウェーの海運王トマス・オルセンの息子ペッター・オルセンが出品したこの作品は、激しい入札合戦の末、約1億1992万ドル(当時の為替レートで約96億円)という、当時の美術品オークション史上最高額で落札されました。落札者はアメリカの著名投資家レオン・ブラック氏と報じられています。
2026年現在の国際アート市場のインフレ動向や為替相場を加味すると、もしこのパステル版が再出品された場合、日本円換算で200億円〜250億円規模の値が付くことは確実視されています。美術館所蔵の1893年版に至っては「国家の至宝」であり、実質的に「価格がつけられない(プライスレス)」評価となっています。
【現地鑑賞の実態】2026年に本物を観るための注意点と現場ルール
現在、オスロ現地で『叫び』を鑑賞する場合、事前のリサーチなしに訪れると「見られない」という事態に直面するリスクがあります。
ムンク美術館の「3作品ローテーション展示システム」
2021年秋に新築移転したオスロの「ムンク美術館」では、光や湿気に弱い作品保護のため、画期的な展示方式が導入されています。特設展示室に「1910年テンペラ版」「1893年パステル版」「リトグラフ版」の3点が収められた扉付きの特製ケースが並んでおり、1時間ごとに1作品だけが交代で開帳され、残る2点は暗闇の中で休眠するというローテーション運用が行われています。
つまり、特定の技法版を狙って訪れても、その時間にどの扉が開いているかはタイミング次第であり、すべてのバージョンを網羅するには最低でも数時間滞在する必要があります。
【プロの結論】名画鑑賞で失敗しないための視点と判断基準
『叫び』という作品に何を求めるかによって、旅行や鑑賞のアプローチは明確に分かれます。
- おすすめできる人(行くべき人):
- 教科書で見た「原点」を確実に体感したい人 → オスロ国立美術館の常設展示室(1893年版)へ行くのが最適解。
- ムンクの生涯、版画技術の変遷、建築を含めた総合体験を味わいたい人 → 新ムンク美術館へ行き、ローテーションをじっくり待つのがおすすめ。
- 慎重になるべき人(誤解しがちな人):
- 「世界中どこに行っても1枚の完成油彩画が常時見られる」と思い込んでいる人(作品の保存制限や展示休止があるため、渡航前の公式スケジュール確認が必須)。
- 単なるホラー・恐怖表現として消費したい人(ムンクの文脈や世紀末の不安社会を理解しないと、サイズ感や支持体の素朴さに拍子抜けする可能性がある)。

【ムンクの叫び 本物】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:『叫び』の本物は結局どれが一番有名で価値がありますか?
A1:美術史的・知名度的に頂点に立つのは、オスロ国立美術館が所蔵する1893年制作のテンペラ・油彩画版です。教科書や図録に掲載される画像のほとんどはこの作品であり、国家の至宝として門外不出の扱いを受けています。
Q2:なぜムンクは同じ構図の作品を何枚も描いたのですか?
A2:ムンクは「愛」「不安」「死」といった人間の普遍的感情をテーマにした連作『生命のフリーズ』構想を持っており、満足のいく表現に達するまで異なる画材(油彩、テンペラ、パステル、版画)で実験を繰り返したためです。また、顧客からの注文に応じて再制作した側面もあります。
Q3:日本国内の美術館で『叫び』の本物を常設展示している場所はありますか?
A3:日本国内の美術館に『叫び』のテンペラ画やパステル画の原本は所蔵されておらず、常設展示している施設はありません。日本国内で観るためには、海外美術館からの特別巡回展(直近では2018年の東京都美術館など)を待つ必要があります。
まとめ:時空を超えて共鳴する『叫び』の真価
エドヴァルド・ムンクの『叫び』は、単なる1枚のオカルト的な絵画ではなく、全4枚のオリジナルと版画を通じて画家の内面世界を執拗に追求した記念碑的連作です。叫んでいるのではなく「自然の叫びを聞いて耳を塞いでいる」という構図の真実は、近代社会の孤独と不安に直面した人間心理そのものを映し出しています。
2度の盗難被害や落書きの筆跡論争を乗り越え、最新の保存科学によって守られている現代だからこそ、その色彩と筆跡の奥にあるムンクの生々しい魂の鼓動を感じ取ることができます。現地オスロを訪れる際や展覧会情報をチェックする際は、ぜひ4つのバージョンの違いと歴史的背景に想いを馳せてみてください。 (出典: ムンクの叫び 本物(Yahoo!ニュース))